Chapter9

幽玄の文化、与えられた風景
神話によって守られ、神話に彩られる僕たち日本人。
その神話は、美しい日本文化を育てる器にもなってきました。戦前からずっと、神話の中で幽玄のように生きる僕たちの、はかなげで美しい文化。
日本という国の成り立ち。それはアメリカのようなフロンティア精神の中で生み出された国とも、長い血で血を争う闘争から市民社会を立ち上げた西欧とも異なっています。
それは、映画の描かれ方にも現れています。
アメリカ映画は物語を描き、フランス映画は人間関係を描き、日本映画は風景を描くと言われます。
アメリカ映画は完璧な物語の世界。
物語という構造を徹底的に鍛え抜いて作り上げ、導入部からラストシーンまで破綻なく一本道を走り抜けられるような構成。これはアメリカという国が、西部劇の舞台になるような小さな西部の町の成り立ちのような精神を奥底に持っているからかもしれません。
何もない平原に遠くからやってきて、ゼロから自分たちで町を作り上げる。ならず者がやってきたら、みんなで力を合わせ、保安官をもり立てて撃退する。そういう精神なのです。
フランス映画は、関係性。
夫婦、父と子、男と愛人、友人。そこに生まれる愛惜と憎悪をともに描くことによって、人間社会の重層性を浮かび上がらせる物語。
フランスは近代に入るころ、古い貴族社会からブルジョワジーの台頭とともに、フランス革命とナポレオンの時代を経て共和制を作り上げ、血で血を争う暗闘を国を挙げて繰り広げてきました。だれが味方か、それともだれが明日の敵なのか。
だからこの国は見た目の美しさとエレガンスの奥底に、移民と白人の対立に見るような凄まじい憎悪が立ちこめています。おたがいの関係性をつねに確認し続けなければ、安穏と暮らすことさえできない。そういう精神が底流に流れています。だからお互いのポジションを確認しあう関係性は、重要な意味を持っているのです。
風景を描く日本映画
そして日本映画は、風景。
ただ自然の風景というだけではありません。人の心や意思でさえも風景として描かれる日本映画。
「そうか、おしまいかのう」
一九五三年。
映画監督小津安二郎は、「東京物語」という名作を世に送り出しました。
この静謐な映画は、戦争が終わったあとの景色の変化と別離を描きます。
夏、広島県尾道に住む老夫婦が東京旅行に出かけます。東京に暮らす子供たちを訪ねるために。
老夫婦を演じるのは笠智衆と東山千栄子。
でも長男も長女も仕事が忙しく、両親をかまってくれません。ただひとり老夫婦をいたわってくれたのは、戦死した次男の妻だけでした。
敗戦から八年。戦争によって変化した家族の風景。次男の戦死は徐々に過去へと遠ざかりつつあります。
映画の終盤。原節子演じる次男昌二の妻は、義父笠智衆に訴えます。
「わたくし、ずるいんです。お父さまやお母さまが思ってらっしゃるほど、そういつもいつも昌二さんのことばかり考えてるわけじゃありません」
「ええんじゃよ、忘れてくれて」
原節子は心の内をほとばしらせるように、でも静かに語り続けます。
「でもこのごろ、思い出さない日さえあるんです。忘れてる日が多いんです。わたくし、いつまでもこのままじゃいられないような気もするんです。このままこうして一人でいたら、いったいどうなるんだろうなんて…… 夜中にふと考えたりすることがあるんです。一日一日が何事もなく過ぎてゆくのがとっても寂しいんです。どこか心の隅で、何かを待ってるんです。ずるいんです」
戦死した夫を鎮魂しながら、ただひっそりと生きていこうと決意する妻の精神。その葛藤。
戦後社会が音を立てて成長へと進んでいき、過去の犠牲が忘れ去られていく中で、あえて死者とともに生きていこうという決意。
それは与えられた風景をただひたすら見つめ続けている、日本人のすぐれた美徳だったのかもしれません。
人に強要するのではなく、人に強要されるのでもなく、死者を鎮魂する私たち。
それが日本人の心のどこかにひっそりと生き続けているのです。
東京から尾道へと戻った老夫婦。妻は長旅が原因で患い、死の床に伏してしまいます。
東京から駆けつける子供たち。医者の息子が「お母さんは明日の朝まで持てばいいと思うんだ」というと、端正に正座した父は悲しそうにつぶやきます。「そうか、いけんのか」
「お母さん、六十八でしたね」
「ああ・・いけんのか」
「僕はそう思います」
「そうか・・おしまいかのう」
「東京物語」、そして尾道の夏
黙って頷く息子。妻の枕元へと歩み寄って、妻の寝顔をずっと見つめる父。
空が白みはじめ、尾道の港には明るい空が広がっていきます。
マストを並べる船。白壁の町並み。母を弔う子供たちから離れ、高台の神社でひとり夜明けを眺める父。
茫然と景色を眺めている父。
迎えにきた原節子。義父は彼女に向き合うでもなく、景色を眺めたままつぶやきます。
「きれいな夜明けじゃった・・今日も暑うなるぞ」。
やがて子供たちは東京へ帰っていきます。たったひとりの生活を続ける父。誰もいないがらんどうの部屋。縁側から近所の人に声をかけられ、父は微笑みながら返します。
「ひとりになると急に日が長うなりますわい」
ひっそりとただ坐っている父。動くものはうちわと、蚊取り線香の煙だけ。カメラはふたたび尾道の景色へと変わり、穏やかな瀬戸内海をわたっていく汽船と、町並みの中を縫っていくバスを映し出します。
僕らの国をとりまくこの濃密な空気
この映画で、登場人物たちの心の動きや感情はすべて風景に託されていて、手に届かない変えられないものとして描かれます。つまり目の前に起きているさまざまな社会問題や人間関係の葛藤、他人の苦しみ、さらには自分の痛み。こうしたすべてが「風景」なのです。つまりはどこか遠くにいて、僕たちを見守ってくれている「神」。そういう手に届かない存在から、自分たちがコントロールされ、でも守られているというそこはかとない安心感。
それこそが僕らの「風景」なのです。
僕らの生は神によって保証され、神話によって彩られ、そしてそういう自分ではどうにもならないけれども、でも守られているという世界が風景として僕たちの前に広がっている。
それは僕たちの源流にある世界観なのかもしれません。
どんなに深く関わろうとしても、しかしどうしても関われない所与のものとして、われわれのまわりの風景はそこにあるということなのです。
だから日本文化には、向こう側に突き抜けられないことによる透明な悲しみが漂っていて、それがある種の幽玄的な感覚を生み出しているのです。
僕たちにとっての「国」とは
僕たちにとって、国って何なのでしょうか。
アメリカのように自分でゼロから力を合わせて作り上げるものでなければ、欧州のように血で血を争う暗闘の果てにつかんだ血塗れた旗でもありませんでした。
僕たちにとって国というのは、「世間」「空気」のような言葉に代表されるなんだかわからない軟体動物のようなベタベタと、僕らを呑み込んで一色に塗り固めてしまう不可解な神話だったのです。
いったい何が敵なのかということさえ、そこでは見えてこない。
神の下では僕らは平等で、味方も敵もなく、だから議論や対立さえも生まれない。そういう不定形の空間。
僕らひとりひとりは決して自分自身の神になることはできず、だから僕らは僕らを自分自身で制御することさえできませんでした。
つねに僕らは神と神話の構造の中に組み込まれて、単なる「お客さん」でしかない。
そういうお客さんとして社会に生きるということは、だからそこにひとつのあきらめを抱えながら生きていくということなのです。
でもだからこそ僕たち日本人はすぐれて洗練されていて、どこか軟弱で繊細な文化を生み出すことができたのかもしれません。社会の構造をゼロからつくるという大仕事に立ち向かえないから、軟弱で自己憐憫的な文化を楽しみ、それが洗練を生み出したのです。
僕らの祖国。この日本では、強い神話と洗練された軟弱な文化は、分断された別の場所に作り上げられてきました。
僕たちは文化を楽しみ、生活を楽しみながら、しかし政治や権力を「風景の向こう側」にある手の届かないものとしてとらえてきたのです。

佐々木 俊尚
松尾 たいこ