僕らの神話が終わった日 ─ そして希望の物語が始まる

Chapter7

「騙された」と叫ぶ人たち

相克に向き合い続けるということ

 教育者として自分の教え子を死地へと向かわせるという相克。
 この痛みを、南原繁さんが胸中どのように考えていたのか。自分自身のことについては、彼は戦後多くは語っていません。
 南原さんは戦争が終わった直後の四五年十二月に東京帝大総長に就任し、荒廃してしまった大学の再建に努力しながら、「新たな国民精神の創造」を呼びかけ続けました。
 そして四六年には、日本の国民が建国以来の完全な敗北と悲惨な状態におちいったことに対する道徳的、精神的な責任をとって天皇陛下が退位すべきだとも語りました。
 彼は昭和天皇が、多難な時代の中で歴代の天皇にはなかったような悲惨な運命にさらされていたことに深く同情し、だから政治に翻弄された陛下には政治的な責任はなかったとも語っています。政治・法律としての責任と、道徳・精神としての責任。その二つの責任の狭間で宙ぶらりんになっている天皇陛下。
 そういうお立場の相克への深い同情と、それでも「責任はとらなければならない」と語った南原さんの主張には、このような相克に対する彼自身の真摯な向き合いがあったことが伝わってきます。

 しかしこの相克への向きあいは多くの日本人の間には広がっていきませんでした。
 いやそれどころか、まったく違う状況が、そこには現出していきました。
 戦後になってから太平洋戦争が「少数者の無知と無謀と野望」のためだった、と大声で叫ぶ人たちがもの凄いいきおいで現れてきたのです。
 とてもとても、残念なことに。

 敗戦からまもなく、突如として「戦争は軍が勝手に引き起こしたことだ」といった言論がぶくぶくと泡のようにふくれあがり、沸騰して蒸気となって日本中に拡散していきます。
 毎日新聞記者だった森正蔵さんが書いた「旋風二十年」という本がベストセラーになりました。なぜ戦争が起きたのかという軍部の裏面史を初めてあばいたこの本は、そういう空気を後押しするのに十分な爆発力を持っていました。
「やっぱり俺たちは悪くなかったんだ」
「私たちはだまされていたんだ」
「心ある国民はずっと戦争には反対だったのに、みんな軍が悪い」
 そんなふうにして、戦争の責任はすべて軍に負わせられていきます。

一億総懺悔の軽率

 いっぽうで敗戦の直後に首相に就任した東久邇宮稔彦王は、「一億総懺悔」をとなえました。国会でこんな意味のことを語ったのです。

「敗戦の理由はひとつではありません。前線も銃後も、軍隊も官僚も一般国民も、すべての国民がみなで静かに反省しなければならないのです。私たちはいまこそみんなで懺悔し、神のまえで心を洗い清め、過去を将来への教訓として、心を新たにしましょう」

 これにはみんなが怒りあきれました。「どうして国民みんなで懺悔しなければならないんですか」「戦争を決断したのは政府じゃないですか。なぜ僕らの連帯責任に?」
 そう、たしかに東久邇宮首相はたいへんに軽率だったといえるでしょう。何しろこの発言は九月五日。敗戦の日からまだ三週間しか経っていなかったのですから。なぜ戦争に負けたのか。それがまだまったく検証されていないのに、「皆で総懺悔しましょう」なんて。いきなり「国民全員の責任です」だなんて、あまりにも軽い発言だったと言われてもしかたなかったと思います。

 政治家たちが自分たちの責任から逃れるために言っている方便だ、と批判されるのは当然です。

 でも本当にそうやって「おまえらの責任だ」と非難するだけで良かったのでしょうか?

 責任を問うこと。責任を負うこと。
「みんなが悪いんです。みんなで責任を取りましょう」という言葉。
「私が悪いんじゃありません。悪いのは軍部や政治家です」という言葉。
 振り返れば、どちらも無責任だったのではないでしょうか。
 本当は、だれにでも責任はある。でもその責任は多様。すべての人が同じ責任を持っているわけじゃないけど、でもだからといってすべての責任を少数の人に押しつけるのも間違っている。
 とてもシンプルな話ではないでしょうか。

 昭和初期、戦争へと追い込まれていった日本。政府が適切な対応を採らなかったため、いやおうなく戦争を始めてしまったことの責任を取らなければなりません。そして過大な権力を持ってしまったことで、「自分たちが国を守るんだ」という根拠のない自意識が肥大し、確信的に戦線を拡大してしまった軍も。
 でもそんな軍の暴走に喝采を送っていたのは、国民でした。
 政府の後手後手の後ろ向きな対応に「そんなことだから欧米の列強に押し切られるんだ」と業を煮やしていたのも国民でした。
 戦意をもっと高揚しようと叫んでいたのは、町内会や隣組や婦人会に参加している隣のおじさんやおばさんたちでした。

「この戦争は明るい」と叫んだ僕たち

 みんな忘れてしまっていたのです。
 新聞をはじめ、国論が戦争を求めたのだということを。
 真珠湾攻撃が始まったその日。
 中国文学者竹内好はこう書いています。
「歴史は作られた。世界は一夜にして変貌した。われらは目のあたりにそれを見た。感動にうちふるえながら、虹のように流れる一すじの光芒のゆくえを見守った」
 小説家伊藤整の日記。
「大東亜戦争直前の重っ苦しさもなくなっている。実にこの戦争はいい、明るい」

 敗戦翌年の昭和二十一年四月。
 映画監督の伊丹万作は、「戦争責任者の問題」というコラムを雑誌「映画春秋」の創刊号に書きます。「マルサの女」などで有名な故伊丹十三監督の父です。
 戦争に協力した者の責任を大声で叫ぶような動きは、日本のいたるところに広がっていました。
 それは映画界にも。
 戦争を賛美し、戦意を高揚するための作品を戦争中に撮っていた監督やプロデューサーたちが、やり玉に上がりました。その批判の急先鋒も、同じ映画界の労働組合やプロデューサー、脚本家、批評家たちでした。彼らが自由映画人連盟という戦争責任者を追及するための団体を作って、自分の元仲間たちの糾弾をはじめたのです。
 伊丹さんは言います。「みんな、今度の戦争でだまされたと言ってる。みんなが口をそろえてる。でも私の知ってる限り、『おれがだました』って言ってる人はひとりもいないな」
 多くの日本人は、「だました人」と「だまされた人」の境がはっきりしてると思っていました。でも本当にそうだったのでしょうか。
 一般国民は口をそろえて「軍と官僚にだまされた」と言います。
 でも軍と官僚の中の人は口をそろえて「上司にだまされた」と言います。
 その上司にきいてみると、口をそろえて「もっと上の者にだまされた」と言います。
 そうやって突き詰めていくと、最後はひとりかふたりになってしまいます。でもそんなひとりやふたりの知恵で、一億人がだませるわけはないでしょう?
 伊丹さんは、ごく真っ当にそう指摘するのです。

みんながだまし、だまされたのだ

 じゃあだれがだましたのでしょうか?
 だました人はきっともっとたくさんいたはずです。でもそれは「だました人」と「だまされた人」がくっきりと分かれていたわけじゃない。ある人はときに誰かにだまされ、その人は別の機会にはだれかをだましたのかもしれない。そういうことが際限なくくりかえされていたのです。
 日本人みんなが夢中になって、お互いにだましたりだまされたりをくりかえしていたのです。

 伊丹さんは言います。戦争の間、だれが自分たちを苦しめたのかと思い出すときに、真っ先に記憶からよみがえってくるのは近所の商店主や町内会長や郊外のお百姓さんや、あるいは区役所や郵便局の役人たちではないですか、と。ありとあらゆる身近な人たちが、自分たちをいちばん苦しめていたじゃないですか、と。
 もちろんみなが悪人だったからそんなことになってしまったわけではありません。
 そんなふうに戦争は、国民同士が苦しめ合わなければならないことになってしまったということなのです。
 決して「僕はだまされていた!」と叫ぶことではないのです。
 とても重くてつらいけれども、その事実を認めなければならないこと。
 僕たち自身が、だましてだまされて、お互いを苦しめ合わなければならない状況に陥ってしまっていたんだ、ということを認めるということ。
 そしてこれからは、決してお互いにだまし、だまされるような関係を作り出さないこと。
 きちんと反省し、二度とだまされないように理性を保って、信念を保って、だれかのことばに盲従しないで、自律的に考えていくこと。
 それが僕たちが「戦時下の日本人」という当事者として、責任を取るということだったはずなのです。
「だます人」「だまされる人」という悲しいほどに単純すぎる区分けではなく、ひとりひとりの当事者としてのあり方を自分で見つめ直すということ。

 それが求められていたことだったはずなのです。

著者プロフィール

佐々木 俊尚
1961年生まれ。早稲田大学政経学部中退。毎日新聞記者、月刊アスキー編集部デスクを経てフリージャーナリスト。主にIT・メディア分野を取材している。「キュレーションの時代」(ちくま新書)「仕事するのにオフィスはいらない」(光文社新書)「電子書籍の衝撃」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など著書多数。
http://www.pressa.jp/
松尾 たいこ
広島県生まれ。第16回ザ・チョイス年度賞鈴木成一賞受賞。著作に作品集「Layered」(パルコ出版)や角田光代氏との共著「Presents」(双葉社)「なくしたものたちの国」(集英社)がある。
これまで250冊以上の書籍装丁画を手がけたほか、広告、CDジャケット、雑誌、ファッションブランドやミュージアムショップにも作品を提供するなど幅広い分野で活躍。
http://taikomatsuo.jimdo.com/