Chapter5

巨大な壁がそこにあるということ
終戦の夏。
その光景に三島由紀夫は、「我々のかつて経験したことのない世界の夏野になり森になり雲になる」ことを望みました。
彼は戦後十四年が経った一九五九年、「鏡子の家」という小説を書きます。
この小説で三島は、戦後社会の生ぬるさへの嫌悪感を思い切りぶつけています。
登場人物は、四人の若者です。学生ボクサーの峻吉、無名俳優の収、貿易会社社員の清一郎、日本画家の夏雄。それに加えて、彼らが集まるサロンの女主人鏡子。舞台は、朝鮮戦争が終わって間もない時代の東京です。
四人は、敗戦によって絶対的な道徳律が失われた後、時代だけが進んでいく中で、自分がどこに進んでいけば良いのかわからなくなった若い日本人たちです。
ある時鏡子のサロンに集まった四人は、酒を飲みながら「一体われわれの共通点って何なんだろう?」という話題で盛り上がります。
「一人も幸福になりたがってないことでしょうよ」と遠くから言葉を投げる鏡子。戦後の時代を生きる彼らは、みな虚無的な雰囲気を漂わせている。それが鏡子のこの言葉に表れたのです。
しかし清一郎は「幸福を求めない、なんて、古いセンチメンタルな思想だよ」と一蹴します。幸福を求めてるかどうか、なんて問題じゃない。わざわざ幸福を避けるなんていうヒロイズムは、脆弱で情けない古い貴族主義だ、というのです。
この言葉に気圧されて、鏡子は黙ってしまいます。
しかし四人とも、自分たちの共通点については語らないまでも以前から強く感じていました。
それは何か。
それは「壁」の存在です。
自分たちが、壁の前に立っているということ。巨大な壁がそこにあり、その壁に鼻を突きつけるようにして四人が立っているということ。
それが時代の壁なのか、社会の壁なのかはわかりません。ひとつだけわかっていたのは、彼らが子供だった戦後の焼け跡の時代には、そんな壁はすっかり壊されていたはずだったということ。
三島は美しく力強い言葉でつづります。
「彼らの少年期にはこんな壁はすっかり瓦解して、明るい外光のうちに、どこまでも瓦礫がつづいていたのである。日は瓦礫の地平線から昇り、そこへ沈んだ。ガラス瓶のかけらをかがやかせる日毎の日の出は、おちちらばった無数の断片に美を与えた。この世界が瓦礫と断片から成立っていると信じられたあの無限に快活な、無限に自由な少年期は消えてしまった」
そして四人は、その壁に対して挑戦しようと考えています。それぞれが、それぞれの方法で。
「俺はその壁をぶち割ってやるんだ」とボクサーの峻吉は拳を握って。
「僕はその壁を鏡に変えてしまうだろう」と俳優の収は怠惰な気持ちで。
「僕はとにかくその壁に描くんだ。壁が風景や花々の壁画に変わってしまえば」と画家の夏雄は熱烈に。
「俺はその壁になるんだ。俺がその壁自体に化けてしまうことだ」と会社員の清一郎。
もたれあうのではなく、それぞれの方法で
そして清一郎は、みんなに「これから先何年か、逢うたびにどんなことでも包み隠さず話し合おう」と呼びかけるのです。しかしお互いに助け合ってはいけない、と宣言するのです。
なぜ助け合ってはならないのか。
なぜなら壁と戦うためには、自分たちのそれぞれの方法を固く守っていかないといけないから。もし助け合ったら、それはひとりひとりの宿命に対する侮辱になってしまうから。
それぞれの宿命を受け入れ、それぞれの戦い方でそれぞれが戦っていけば良い。ただときどきは逢って、包み隠さず話し合おうよ、と清一郎は熱情的に話します。
「これはたぶん歴史上だれも作らなかった同盟で、歴史上ただひとつの恒久不変の同盟だ」
しかしこの四人の戦いは、最終的に敗れ去って終わります。壁と戦ったまつろわぬ若者たちは破滅するのです。
ボクサーの峻吉は、日本フェザー級チャンピオンにまで上り詰めましたが、その後チンピラに襲われて拳をつぶされ、身を持ち崩してしまいます。
俳優の収は、醜い高利貸しの女にカネで買われ、自分の家庭をさんざん苦しめたこの女と情死してしまいます。
商社マンの誠一郎は欺瞞的な政略結婚をし、挙げ句に赴任先のニューヨークで白人男に妻を寝取られ、世間体だけを心配する日々を送ります。
そして画家の夏雄は、作品が新聞社の賞を受賞して画壇で高い評価を受けるまでになりながら、ある日突然虚無に陥るのです。
富士の樹海。
山麓に果てしなく広がるこの森を描こうと考えた夏雄は、梅雨が明けたばかりのある夏の日に車を走らせます。
河口湖畔のホテル。高原のさわやかな朝の風。紅葉台の展望台を目指して赤土の斜面を登ります。その時目のまえで大きな羽ばたきが起き、一羽の山鳥が灌木の中から飛び立っていきます。
彼のほおをこするように高く上がっていった鳥の影に、夏雄はあえぎます。
「何かが僕のなかから飛び去ってしまったのじゃないか」
「飛び去ったのは、僕の魂じゃなかろうか」
色は消え、虚無の空間が広がる
そしてたどり着いた展望台。目の前の美しく壮大な青木ヶ原。しかし夏雄はその景色を見ながら、突如として戦慄するのです。
「端のほうから木炭のデッサンをパン屑で消していくように、広大な樹海がまわりからぼんやりと消えかかる。おのおのの樹の輪郭も失われ、平坦な緑ばかりになる。その緑も覚束なくなって、周辺はみるみる色を失ってゆく」
樹海は最後のおぼろげな緑の一団が消え去るのと一緒に、完全に消え去ってしまいました。そのあとには大地も何もなく、ただ虚無の空間だけが広がっていたのです。
恐怖に駆られて夏雄は赤土の急斜面を駆け下り、逃げ出しました。そしてそれっきり、彼の中から美は消え失せてしまいました。
絵を描けなくなった彼は、折から近づいてきた新興宗教の教祖のみちびきにはまり込み、どんどん道を逸脱して進むべき方向を見失っていくのです。
四人はそうやって破滅し、三島の語った「壁」との戦いは忘れられます。
敗戦の眩しい瓦礫はすでに遠い過去のものとなり、繁栄の戦後社会が幕を開けようとしています。「鏡子の家」が書かれた一九五九年は、高度経済成長が力強い足音とともに行進をはじめたまさにその序盤の時代でした。
前年の暮れ、東京タワーが完工します。
そして年が明けた五九年の春。後に平成天皇となられる若い皇太子と美智子さまの結婚パレード。沿道には五十万人以上が詰めかけ、そして猛烈な勢いで普及しつつあったテレビで千五百万人以上がパレードを見守りました。
五年後のオリンピック開催地が東京に決定します。
児島明子さんがアジア人として初めてのミスユニバースに選ばれます。
週刊誌ブームが巻き起こり、「週刊現代」や「週刊文春」「少年サンデー」「少年マガジン」などが次々に創刊されました。
暮れには安保反対運動の嵐が吹き荒れ、十一月末にはデモ隊二万人が国会に突入しました。その年の暮れにはレコード大賞が創設され、第一回には水原弘さんの「黒い花びら」が受賞しました。
そのようにして時代はごうごうと音を立て、「焼け跡」は姿を消していって、「高度経済成長」という次の舞台へと変わっていったのです。

佐々木 俊尚
松尾 たいこ