Chapter3

「私たちって行くところがないみたいね」
多くの人が虚脱の中に陥っていき、そこから決して逃れられない人もいました。
一九四九年初冬。
作家林芙美子は「浮雲」という小説を月刊誌「風雪」に連載しはじめます。
物語の最初の舞台は、太平洋戦争中のベトナム。当時は仏印(フランス領インドシナ)と呼んでいました。フランスがナチスドイツに占領されたのを契機にこの地域には日本軍が進駐し、実質的な日本の支配地域となっていました。
ベトナム中部の山中に、ダラットという美しい街があります。標高約一五〇〇メートルの高原にあって年中すずしく、街の中央には大きな湖が広がり、フランス風の町並みがいまも残っていることで知られています。夏の軽井沢のような場所と言えばわかりやすいでしょうか。
主人公の幸田ゆき子は農林省のタイピストとして、ダラットに赴任します。
開戦から二年が経って、すでに戦局は劣勢へと転回していました。窮乏し、暗い雲が立ちこめはじめていた祖国。しかしゆき子が向かったダラットはまるで幻のようでした。
「高原のダラットの街は、ゆき子の眼には空に写る蜃気楼のようにも見えた。ランヴァン山を背景にして、湖を前にしたダラットの段丘の街はゆき子の不安や空想を根こそぎくつがえしてくれた」
この夢のような街で、ゆき子は夢のような時間を過ごします。王宮のような農林省のオフィス。真っ白なリゾート風のドレス。芝生にたわむれる白い犬。コアントロー、マンゴスチン、ドリアン。エキゾチックな名前の酒や果物。
そしてその蜃気楼の街で出会うのが、農林省技師の富岡。ちょっと虚無的なイケメンで、でもどうしようもない女たらし。でもこのダメ男にゆき子はどんどん惹かれていってしまって、身体を許すようになります。まるでヨーロッパ映画のヒロインのように抱かれる彼女。
しかしダラットでの夢のような時間は、終戦によってあっけなく消滅してしまいます。
幻のような夏から、現実が迫る過酷な冬へ。
引き揚げ船で舞鶴港まで戻ってきたゆき子。寒い冬の季節なのに、彼女は薄いジャケットしか羽織っていません。身をすくめて寒さに耐えます。
東京の自宅に戻っていた富岡に会いに行くゆき子。でも富岡の態度ははっきりしません。ダラットではあれほど輝いていた彼も、冬空の焼け跡では貧相な中年男にしか見えません。
「僕たちは、あの自然のなかで夢を見ていたのさ」
でもゆき子は、すがるようにダラットの思い出を語ります。
「思い出すわ、いろんなこと。チャンボウの林を視察に行くとき、4人でアンナンのホテルに泊まってランプでご飯を食べて、みんなお酒を飲んで酔って眠ったでしょう。あのころはみんなよくお酒を飲んだわね。あの晩あなたは一番はずれのお部屋だったわ。私おぼえておいて夜中に裸足で初めて行ったわね。鍵が欠けてなかったわ。あのときがあなたと私の……」
そしてゆき子は貧乏くさい連れ込み宿のちゃぶ台の前で、富岡にしなだれかかるのです。テーブルには日本酒とラーメンのどんぶり。
「私はどうしたらいいのか 自分でもわからなくなってるのよ。どうかしちゃって!どうにでもしてしまって……」
「いつまでも昔のことを考えたってしかたないだろう。
「昔のことがあなたと私には重大なんだわ。それを無くしたら、あなたも私もどこにもないじゃないですか」
ある日、木造の千駄ヶ谷駅で待ち合わせる二人。目の前をデモ隊が革命歌「インターナショナル」を歌いながら通り過ぎていきます。
神宮外苑を散歩しながら、二人はとりとめもなく会話します。
「ねえ、どこまで歩くのよ」
「渋谷へでも出てみようか」
「私たちって行くところがないみたいね」
「そうだなあ。どこか……遠くへ行こうか」
魂のない人間、彷徨
でも結局、二人が向かったのは群馬県の伊香保温泉。温泉地に行ったからといって、新たな世界が拓けているはずもありません。それでもまだゆき子は、ダラットの話を続けようとします。富岡は疲れたような表情で彼女にこう返します。
「昔話も時が経つと色があせてくるよ。二人で会って昔をなつかしがってみたところで、君と僕の間が昔どおりの激しさに戻るもんでもないし……。そのくせ僕は女房にだって昔どおりの愛情は持っちゃいないんだよ。まったくどうにもならない魂のない人間ができちゃったもんさ」
「どうにもならない魂のない人間」という言葉。敗戦の虚脱が、この言葉に一点に集約されているようです。
ゆき子と富岡の二人は、戦中は外地で楽しい生活を送り、冷たく厳しい冬の日本に戻ってきました。戦中に苦難の時代を過ごし、戦後の青空の下で「リンゴの唄」に望みをつないでいた多くの日本人とは、逆転した境遇でした。でもだからこそ、二人には敗戦の重みがさらに鋭く突き刺さってきたといえるのかもしれません。
物語は終盤、屋久島へと舞台を移します。
東京にいるのが嫌になり、できるだけ遠いところを……と屋久島の営林署勤務を希望した富岡。新興宗教の教祖に囲われていたゆき子は、教団の金を持ち逃げして富岡と行動をともにします。しかし体調を崩していた彼女は病状を悪化させ、雨の降りしきる屋久島の小さな家で死の床へと就いてしまうのです。
「浮雲」を一年半がかりで書き終えた林芙美子は、連載終了のわずか二か月後に心臓麻痺で亡くなります。まだ四十七歳でした。死の前年、「浮雲」の取材のために林芙美子は屋久島を訪れ、こうつづっています。
「沁々と靜かな夜である。バスが停るたび、地虫が鳴きたてていた。むれたような、亜熱帯の草いきれがした。月が淡く樹間に透けて見えた。どうすればいいのか判らないような、荒漠とした思いが、胸の中に吹き込む」
希望と虚脱、相反する二つの感覚
この荒漠とした思い。虚脱して途方に暮れていた多くの日本人の思いが、そこに重なって見えてきます。希望を持ちたいけれど、どこにどう希望を持てばいいのかもまだわからない。そういう時代精神。
「リンゴの唄」に人々が感じた希望と、「浮雲」の富岡とゆき子が抱え続けた荒漠とした虚脱。
その二つの感覚は背反したように見えるけれども、でも敗戦という大きなできごとの表側と裏側で同時に当時の日本人を覆っていたのです。
そして、三島由紀夫が感じた「かがやかしい腐敗と新生の季節」——。
大日本帝国という神話が消滅し、新しい社会がやってくる。そこではまったく新しい時代精神が、新しい人々によって作られていく。
そういう虚脱の中から生まれる期待を、人々は共有していました。

佐々木 俊尚
松尾 たいこ